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zoom RSS 航空発祥の地で起きた日本初の航空機事故の犠牲者

<<   作成日時 : 2009/11/04 23:51   >>

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日本で初めて航空機の犠牲者を生む墜落事故が起きた場所が、日本初の飛行場が設けられたこの所沢の地でした。
1913年(大正2年)のことです。

画像航空記念公園に、軍服姿の銅像が“由緒ありげな塔”の前に建っているのは以前から知っていましたが、その銅像のモデルとなっているお二人の方が墜落事故の犠牲者と知ったのはつい最近のことです。

二人の名前は「木村鈴四郎」さんと「徳田金一」さんで、ともに陸軍中尉でした。

周囲にはバスケットゴールや広場、池などがあって、小さなお子様を連れたファミリーや友達同士で遊ぶ小中学生たちがにぎやかに走り回ったりしています。

画像そんななんとも平和的な雰囲気の中にその“塔と銅像”が建っているため、“平和祈念像”のようなものとばかり思っていました。

墜落事故の原因は、「突風を受けて左翼が折れたため」とのこと。

それだけでは「ただの不幸な事故だった(“ただの”なんて言ってゴメンナサイ。。。)」となるところですが、このお二人の場合「これからの航空機の重要性を政府首脳に訴えるために行われた観覧飛行」の帰路での出来事だったため、新聞報道を通じて国民の大きな関心を呼んだそうです。

この記念塔は墜落現場となった下新井の地に建てられ、1914年(大正3年)に除幕式が行われました。
その後、1929年(昭和4年)に所沢駅前に移され、1981年(昭和56年)に航空記念公園内の現在の地に移されたそうです。

画像なお現在、墜落した下新井の地には、1929年(昭和4年)に建てられた「木村・徳田両中尉殉職記念碑」があります。

所沢聖地霊園の、大駐車場奥の林の中にひっそりと建っていて、あまり訪れる人もいないのか敷石は苔むしています。

記念碑の脇に小さな仏像(!?)のようなものがあるのですが、これも当時からあったものなのでしょうか???

画像何はともあれ、お二人のご冥福を心よりお祈り申し上げます。

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