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zoom RSS 関東地方三大御堂のひとつに数えられる所沢の庚申堂

<<   作成日時 : 2010/03/12 23:57   >>

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ファルマン通りと飛行機新道との交差点に掲示されている「とことこマップ」を見ていたら、“関東地方三大御堂のひとつに数えられる所沢の庚申堂”という記述を発見。
場所はすぐ近くのようだったので、ちょっと見に行ってみることに。

そもそも、三大御堂などというものがあること自体知らなかったのですが、行ってみて「・・・」
かなりビミョーな感じかも・・・。
ごちゃごちゃとした細い路地沿いに、ちんまりと“木々が茂ったエリア”が住宅に挟まれるようにしてありました。
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狭く薄暗い境内には小さなお社が二つあるほか、ブランコと鉄棒が申し訳程度に置かれています。
入ってすぐ右側にあるのは濱川神社のお社です。
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正面にはそれよりやや大きいお社があって、庚申青面金剛と記された額が掲げられていました。
“関東地方三大御堂のひとつに数えられる”という庚申堂です。。。
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ちなみに、“三大〜”の他の二つは柴又と浦安にあるそうです。
柴又の御堂とは「寅さん」で有名な「柴又帝釈天」だそうですので、“三大〜”のひとつに数えられても全く不思議ではないのですが、所沢のこの御堂がそこに名を連ねるのは「オイオイ。。。(^_^;」という気も・・・。
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もっともこの庚申堂の歴史は古く、今から350年近くも前の1662年(寛文2年)に建立されたのだそうです。
当時は、今のファルマン通りに置かれていたそうで、この地に移されたのは明治以降とのこと。
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境内の片隅には、2羽のキジバトが仲良くエサをついばんでいました。
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なお、御堂の前には、通りを挟んで墓地があります。
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「川端霊園」といって、江戸時代より続く由緒ある墓地で、ここに16世紀から17世紀にかけて活躍した棋士、“所沢の藤吉”こと「福泉藤吉」が永眠しています。
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江戸時代の将棋界には、幕府から禄を得た家元と呼ばれる三家があって、この三家に属さない棋士はすべて民間の棋士となり、「福泉藤吉」もその民間の棋士のひとりだったそうです。
民間の棋士としては異例の七段にまでなり、巷でももっとも人気のあった棋士として知られていたのだとか。
お墓には、墓石で造られた将棋の駒が置かれています。
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