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zoom RSS かつては“東京都の一部”だった所沢の日比田

<<   作成日時 : 2011/10/29 22:38   >>

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所沢市内にある日比田(ひびた)地区は、かつては多摩郡(現在の東京都の一部)の飛び地だったとのこと。
周囲を入間郡(現在の埼玉県の一部)に囲まれていて、隣接の村とは同一歩調が取れず何かと不都合だったそうです。
※国道463号線(浦和所沢バイパス)にある日比田交差点。
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一方、現在の東京都東村山市にある恩田(おんた)町は、なぜか入間郡の飛び地となっていました。
そこで、郡区町村編成法により1880年(明治13年)3月に当時の多摩郡日比田村(現埼玉県所沢市日比田)と入間郡大岱(おんた)村(現東京都東村山市恩田町)の交換が行われたそうです。
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そもそも、どうしてこんな飛び地ができてしまったのでしょうか。

一説には、江戸時代に土地調査を行った役人が日比田の上の2字を誤って“昆田(こんた)”と記し、語感が似ていた“大岱(おんた)”と混同されたことが原因とも。
そうだとすれば、縦書きが招いた悲劇ともいえます。

なお、日比田は“日肥田”とも書かれることがあるそうですが、西原墓地にあるお地蔵さまには“蛇田村”の文字が。
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もともとは、日比田ではなく蛇田だったのかもしれませんね。
※1824年(文政7年)に設置された“蛇田村”の文字があるお地蔵さま(右)。
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その日比田では、今「日比田調節池(仮称)」の造成工事が行われています。
これは、東川の治水対策の一環で掘削工事は今月31日までの予定で行われるとのこと。
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かつての東川は大雨のたびに洪水を起こしていたそうで、1992年7月の集中豪雨では、78戸が浸水被害に遭ったのだとか。

とはいえ、東川の水源の多くは下水処理水で、その一つの所沢浄水場は来年にも廃場予定。
廃場後は、晴天が続いたりすると東川の一部は涸れ川になる恐れもあるそうです。
※河川の増水時には、左側のやや低くなった護岸部分から調節池に水が流れ込む仕掛けとなっています。
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それでも、昨今のゲリラ豪雨は、仮に一時的なものであったとしても甚大な影響が避けられないとして、東川にはこれ以外にも様々な治水対策が施されています。

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